ニュースの概要
米国の医療IT企業Tebraは、同社のプラットフォームで医療者がAI Note Assistを使って作成した臨床ノートが100万件を超えたと発表した。この機能は、診察室での対面診療だけでなく、オンライン診療でのやり取りも聞き取り、診療記録(=項目ごとに整理された記録)へ変換する。さらに、診療内容に基づいて診断名やICD-10コード(=国際的な病名分類の番号)の候補も示す。企業側は、記録作成にかかる時間を減らし、医療者が患者との対話により多くの時間を割けるようになると説明している。100万件という数字は、AI記録支援が実験段階を越え、日常業務の道具になりつつあることを示している。
引用元: Tebra、AI文書作成支援による臨床ノートが100万件を突破(Business Wire)
分析・見解
100万件は、AI記録が試用段階を抜けた目安
100万件という数字は、単独では大きく見えないかもしれない。見るべきは、利用者に独立系の診療所を含む幅広い医療者がいる点である。専任の書記や事務員を置く余裕が少ない現場でも、会話から記録の下書きを作る仕組みが日常の道具になり始めたことを示している。
米国では、診察後に自宅で記録を仕上げる「パジャマ時間」が医師の燃え尽きの一因と言われてきた。聞き取りから下書きを作る技術は、この負担に直接効く。記録の自動化が進むほど、医療者の役割は「打ち込む人」から「確認して判断する人」へ移っていく。
対面よりオンライン診療のほうが相性がよい理由
オンライン診療は、音声がもともとデジタルで届く。診察室へのマイク設置や雑音対策が要らない。また、画面越しでは触診や細かな表情が伝わりにくく、医師が見立てを言葉にして確認する場面が増える。言葉にされた診察は、AIが拾える情報が多い診察でもある。そのため、記録の質はむしろオンラインのほうが安定しやすいと考えられる。
ただし、通信が不安定だと音声が欠け、記録の抜けにつながる。録音への同意取得も欠かせない。
診断名とコードの候補提示は、便利さと危うさが表裏一体
ICD-10(=国際的な病名分類の番号)は、保険請求の根拠にもなる。候補が出れば入力の手間は大きく減る。一方で、候補をそのまま承認する習慣がつくと、責任の所在があいまいになる。重い病名に偏る癖が出れば、請求内容の妥当性も疑われかねない。
類似の製品として、MicrosoftのNuance DAXやAbridgeなど、診察の会話から記録案を作るものが大規模病院で広がっている。Tebraの特徴は、予約や請求と一体になった業務システムの機能として、小規模な診療所に届けている点にある。
勝負を分けるのは、精度よりも間違いの見つけやすさ
生成AIは、会話にない所見を補ったり、薬の量を取り違えたりすることがある。精度が高くても、残る誤りが処方に関われば重大だ。だから差がつくのは、精度の数字より修正の手間である。誤りが目立つ画面か。根拠になった発言へすぐ戻れるか。ここが使い続けられるかを決める。
裏を返せば、AIが作った文章を読み解く力が、医療者の新しい基本技能になる。今後は、紹介状や患者向けの説明文、請求書類まで同じ会話から作る方向に進むだろう。
ビジネスへの影響
導入前に確認したい、同意・保存・責任の三点
診療所や医療機関が導入を考えるなら、まず録音と同意の運用を決める。患者への説明文を用意し、断られた場合に手書きや通常の入力へ切り替える手順も決めておく。次に、音声データの保存期間と、AIの学習に使われるかどうかを契約書で確認する。米国ではHIPAA(=医療情報の保護に関する連邦法)に沿った契約が前提になる。日本でも、個人情報保護法や医療情報の安全管理に関する指針に沿った確認が要る。最後に、記録の最終責任は医師にあると院内で明文化する。
効果は節約した時間ではなく、その使い道で測る
仮に記録時間が1人あたり1日30分減ったとしても、それが診察枠の増加なのか、早い帰宅なのか、患者説明の充実なのかで、経営への効果は違ってくる。導入前に、記録完了までの時間、診察後の残業時間、患者満足度の三つを測っておく。三か月後に同じ指標で比べれば、効果を数字で説明できる。数字がなければ、導入後の評価は現場の印象論で終わってしまう。
日本の医療機関が取り入れやすい小さな始め方
日本でも診療録の作成負担は大きい。いきなり全診療科に広げず、定型的な再診が多い外来や、オンライン診療の一部から試すとよい。小さく始めれば、失敗しても傷は浅い。診断名や病名コードの自動提案は、最初は参考表示にとどめ、採用された割合と修正された割合を記録する。修正が多い項目が分かれば、テンプレートや運用を直せる。ベンダーを選ぶ際は、電子カルテや請求システムとの連携費用まで含めた総額で比べたい。
